ヒトの脳はどのように誕生・進化した? 5億年の歴史を振り返る

人類史家(シカ)

ヒト(人類・人間・人)と動物の違いは何? 5つの特徴を分かりやすく解説』で触れたように、ヒトの脳は高度な情報処理を可能としています。

AI(アイ)

記憶・認知・想像・創造・判断・伝達・論理的思考・抽象的思考など、さまざまな精神活動を可能にしているということでしたね。

人類史家(シカ)

こうしたヒトの活動を可能にしているのが「脳」ですが、脳という器官は人類が誕生するよりも遥か昔に誕生していました。その起源は、今から5億年も前です。

AI(アイ)

脳を獲得した生命が5億年にわたって進化を続け、今から700万年前にヒトへと至ったということですね。
(関連記事:人類の誕生・起源と700万年の進化の歴史

 ヒトを含む全ての動物の脳は、神経細胞(ニューロン)によってつくられる神経回路を基盤としていまする。各動物の脳は基本的な構造を他の動物と共通のものとしながらも、種の違いによって異なる特徴を持っています。

 たとえば、サメは嗅覚を司る「終脳」や平衡感覚・運動感覚を司る「小脳」が発達していることから嗅覚が優れ、遊泳能力も高いという特徴があります。これに対してヒトの脳は、理性や知性を司る「大脳皮質」が発達していることから、言葉や計算、相手の気持ちを理解するといった人間らしい高度な精神活動や、高い思考力を実現しています。

目次

脳が誕生するまでの33億年(38億年前→5億年前)

 脳の誕生と進化の歴史を振り返るためには、生命の誕生の歴史にまで遡る必要があります。地球上に初めて生命が誕生したのは、今から38億年前のことです。このときに誕生した原始生命は、脳を持っていませんでした。この原始生命が脳と呼ばれる器官を獲得するまでには、30億年以上の歳月が必要でした。

38億年前:生命の誕生

 今から38億年ほど前、海中に、リボ核酸やタンパク質が誕生しました。このリボ核酸とタンパク質によって、初期の生命は構成されるようになります。生命はその後、DNA(デオキシリボ核酸)を形成し、これによってDNAを持つ、ヒトを含むあらゆる生命の共通祖先が誕生しました。この共通祖先は後に、原始的な単細胞生物へと進化していくことになります。こうした初期の単細胞生物は、神経や脳を有していませんでした

10億年前:単細胞生物の分岐(1)

 10億年ほど前になると、単細胞生物が「従来のままの単細胞生物」と「植物・菌類の祖先になる単細胞生物」とに分岐しました。

9億年前:単細胞生物の分岐(2)

 9億年ほど前、植物・菌類の祖先になる単細胞生物に分岐しなかったグループが、原始的な動物であるカイメン(海綿)と分岐しました。このカイメンには、まだ神経系らしきものはありませんでした。

8億年~6億5000万年前:多細胞生物の誕生

 8億年ほど前、複数の単細胞生物が集まることで多細胞生物が誕生するようになりました。当時の大気には紫外線を防ぐオゾン層がなかったことから、太陽からの紫外線が減衰することなく地表に降り注いでいました。そのため、大気中の酸素は毒性の強い活性化状態になり、紫外線とともに生物のDNAに損害を与えていました。損害を受けたDNAは回復を繰り返すことで新しい遺伝子の組み合わせを構成し、多様性を増してくことになります。

6億3000万年前:刺胞動物の登場

 この頃に誕生した刺胞動物(イソギンチャクやクラゲなど祖先)には、「散在神経系」と呼ばれる神経網が存在していました。散在神経系とは、神経細胞が体全体に網目状となって存在している神経系を指します。

5億4200万年前:カンブリア紀の開始

 今から5億4200万年ほど前のカンブリア紀になると、海中には多様な生物があふれるようになりました。カンブリア紀に誕生した多くの生物は、体を動かすために神経細胞が集合した「神経節」を獲得していました。

 6億3000万年前に誕生した刺胞動物は神経細胞が体全体に網目状に分布した散在神経系を獲得していましたが、さらに進化した生物は神経が集まった「集中神経系」を獲得しました。この集中神経系が、一般的に「脳」と呼ばれる器官となりました。

 カンブリア紀には、こうした「原始的な脳」といえる構造を持つ生物が誕生しました。ここから、5億年にわたる脳の進化の歴史が始まることになります。

脳が誕生してからの5億年

 約5億年前のカンブリア紀以降に登場した魚類・両生類・爬虫類・哺乳類などの脊椎動物(※多数の椎骨(ついこつ)がつながった脊椎を有する動物)の脳は、どの動物でも基本構造が似ているという特徴があります。どの動物の脳も「脳幹」「小脳」「大脳」から構成され、動物ごとにその大きさが異なった進化を遂げることになります。つまり、現在までの脳の進化は基本構造が変化するのではなく、新しい機能が付け加わることで実現してきました。

5億2400万年前:無顎類の登場

 この時代には、顎を持たない「無顎類(ヤツメウナギの祖先)」などが生息していました。無顎類の脳にはニューロンの活動を補佐するグリア細胞が存在していますが、ニューロンの一部である軸索を覆うミエリン鞘(=軸索を流れる電気信号が拡散することを防ぐ鞘)の存在は確認されていません。このミエリン鞘がないことから、脳内での神経伝達速度は速くなかったと推測されています。

4億6000万年前:顎口類の登場と、「終脳の発達

 数多くいる生物の中から、顎を持つ「顎口類」が登場しました。顎口類は、ミエリン鞘を獲得していたと考えられています。軸索のミエリン化は神経伝達速度を高めるため、顎の獲得と神経伝達速度の向上が、生存競争に有利に作用したといえます。こうした要因から、顎口類は進化を有利に進めることができたと考えられています。

 顎口類のその後の進化により、脳の形態に大きな変化がみられるようになりました。特に終脳(=大脳)は、前方に大きく拡大するようになりました。なお、顎口類の祖先の段階で、頭部を形成する胚葉(=受精卵が卵割することで生じる細胞層)に変化が生じ、脳の前方に存在していた鼻孔の位置が移動し、さらには下垂体(=さまざまなホルモンを分泌する内分泌器官)の位置も移動しました。これによって脳の前方が開け、終脳を形成する空間が確保されて終脳の発達が加速していったと考えられています。こうして脳の発達が加速した顎口類は後に、両生類・爬虫類・哺乳類へと進化していくことになります。

3億7000万年前:両生類の登場と、「嗅球」の発達

 海中で誕生した脊椎動物である魚類の一部が両生類となり、陸上へと進出しました。両生類は大脳と小脳の割合が小さく、本能や反射を司る脳幹が大部分を占めていました。特徴としては、嗅覚に関係する「嗅球」が大きい点が挙げられます。

3億1500万年前:爬虫類の登場

 陸上で生活するようになった両生類の一部は、「羊膜」を獲得したことによって地上での繁殖を可能としました。羊膜は、胚(※胚子:多細胞生物の個体発生における初期段階の個体)を乾燥から守る役割を果たす膜を指します。この膜を獲得したことによって、それまで海中や水辺でしか生活できなかった魚類や両生類のような脊椎動物は水から離れ、地上の至るところで繁殖できるようになりました。

 羊膜を獲得した種は、それまでの脊椎動物が住むことのできなかった乾燥地帯や砂漠にまで生息範囲を拡大していきました。この羊膜を持つ種(羊膜類)が、後に爬虫類へと進化することになります。

 爬虫類の脳は両生類と同様に、反射やエサの捕獲、交尾といった本能的な行動を司る部位である脳幹が脳全体の大きな部分を占めており、大脳と小脳が小さい点が特徴です。また、中脳の後にある「視葉」が小さく嗅球が大きいため、物を見ることよりも匂いを嗅ぐ方が得意という特徴を持ちます。

 爬虫類の大脳は小さく、大脳の構成は動物が生きていくために必要な本能や恐怖などの原始的な感情を司る「大脳辺縁系」が大きな割合を占めています。爬虫類の大脳辺縁系は主に、においを感じ、本能的行動に直結する部分だけが形成されているに過ぎないという特徴があります。なお、大脳辺縁系は進化的に古いことから「古皮質」と呼ばれることもあります。

2億2500万年前:哺乳類の登場と、「新皮質」の発達

 魚類から両生類、爬虫類へと進化を遂げた後、爬虫類から哺乳類へと進化する直前の段階で、大脳の「新皮質」をつくる基になる部分が形成されるようになりました。

 哺乳類の特徴は、それまでの生物と比較して大脳が大きく、そして小脳の割合が小さいという点にあります。大脳の表面を覆う大脳皮質にしわができたことで大きな容量(広い表面積)が確保され、新たに発達した大脳新皮質に視覚野や聴覚野といった感覚を司る「感覚野」や、運動機能を司る「運動野」が誕生しました。

 爬虫類が哺乳類へと進化したことで、大脳新皮質は大幅に拡大してくことになります。これにより、嗅覚以外にも視覚などの情報が脳に多く取り込まれるようになりました。こうして哺乳類は、陸上で迅速な行動が可能となりました。

 大脳辺縁系も主に嗅覚以外の感覚に対応するようになり、喜怒哀楽が豊かになりました。また、情報を記憶する能力も向上しました。こうして、哺乳類特有の怒りや恐怖、攻撃、愛、嫌悪などの感情が出現することになりました。

6000万年前:哺乳類(霊長類)の登場と、「連合野」の発達

 哺乳類の進化の過程で、霊長類に進化する種が現れるようになりました。そして現在のニホンザルやチンパンジーなどの祖先にあたる霊長類は新皮質がさらに発達して大きくなり、「連合野」が出現し、より高度な認知や行動が可能となりました。

 連合野の発達はヒトの進化における重要や領域の1つです。霊長類の脳は連合野のみならず、感覚野や運動野も複雑な機能を担うようになりました。こうした霊長類が獲得した情報処理機能を土台として、後にヒトの脳が誕生することになります。

 霊長類の大脳の発達は、当時の霊長類が身を置いた環境に起因しています。樹上で生活するサルには、枝から枝に移る能力が必要でした。そのため、大脳にある手の指や手のひらなどを中心とした腕の運動や感覚を司る領域が発達している個体が、生存競争において有利でした。また、樹上で行動するためには立体視が可能な優れた視覚が必要とされていました。こうした要因から、大脳の視覚や聴覚に関わる部位が発達しました。これにともない、脳の周辺領域も拡大・進化していくことになりました。

 類人猿に進化して以降は、指や手のひらを司る領域と隣り合う脳の顔面筋や、舌・唇の運動や感覚に関わる領域が拡大されたため、表情が豊かになっていきました。その後、さらにその周辺の領域が拡大・発達し、「ブローカーの中枢」と呼ばれる運動性言語中枢が形成されました。

ヒトが誕生してからの脳の進化の700万年

700万年前:サヘラントロプス・チャデンシスの登場

 哺乳類の中から霊長類が登場して5000万年ほどが経過すると、直立二足歩行をした可能性があるとされる初期の人類の一種である「サヘラントロプス・チャデンシス」が登場しました。脳容量は、約300cm^3程度であったと推測されています。これは現代のチンパンジーの脳容量(平均約400^3)とほぼ同等、あるいはそれよりもわずかに小さい数値です。現代人の脳容量が約1,350cm^3であることを考えると、その4分の1ほどのサイズしかありませんでした。

440万年前:アルディピテクス・ラミダスの登場

 アフリカの湿潤な森に生息していた「アルディピテクス・ラミダス」は、人類の脳が爆発的な巨大化を遂げる直前の「進化の分水嶺」を象徴する存在です。身長は120cm、頭蓋容量は300cm^3程度でした。まだ顕著な脳の大型化は見られませんが、直立二足歩行という新たな行動様式が確立されたことで、手が「移動のための器官」から「操作のための器官」へと役割を変え始め、後の道具使用や複雑な行動を可能にする土台が築かれていきました。一方、直立歩行をすることなく森に留まった種族は、その後は脳が拡大することなく現在のチンパンジーやボノボへと進化していきましたた。このようにアルディピテクス・ラミダスは、脳の拡大そのものよりも「脳が進化する条件」を整えた転換点として、重要な存在といえます。

230万年~140万年前:ホモ・ハビリスの登場

 この頃になると、木材や石を加工して道具を作り出すべく、眼と手を正確に連動させて手先を器用に動かすようになりました。こうした活動により、頭蓋容量は600cm^3程度にまで拡大しました。また、言語を司る「ブローカー野(運動性言語中枢)」も目立つようになりました。

 ホモ・ハビリスは脳の進化によって自身を取り巻く世界を認識し、言語を用いて周囲の個体に自身の考えを正しく伝える能力を持つようになりました。こうした能力は「心」を生み出す生物的基礎となり、現在のヒトに通じる能力となっっています。

180万年~20万年前:ホモ・エレクトゥスの登場

 頭蓋容量がさらに拡大し、950cm^3程度になりました。石器をより高度に加工し、槍などもつくるようにもなりました。ホモ・エレクトゥスが加工した石器は、ホモ・ハビリスが加工した石器と異なり石の両面が削られて先端が鋭利に尖っている特徴を持っていました。

 ホモ・エレクトゥスは道具を巧みに操っただけでなく、火を使うことも覚えました。火は夜間に肉食動物を寄せ付けない役割を果たし、さらにはそれまで摂取できなかった食糧を調理して摂取できるようになりました。また、直立二足歩行によって骨格が変化し、発声気管が従来よりも低い位置に下がりました。この変化によって発声が容易になり、言語の発達が加速しました。脳内では、言語を司る部位であるブローカー野がますます発達した。さらに、聴覚を司る部位に隣り合う部位も拡大し、「ウェルニッケ野」と呼ばれる感覚的言語中枢に発展しました。

30万年前~3万年前:ホモ・ネアンデルターレンシスの登場

ホモ・ネアンデルターレンシス は、脳の進化という観点から見ると、「大きさは現代人に匹敵しながらも、機能の使い方が異なる段階」にあった人類といえます。ネアンデルタール人の脳は、現生人類であるホモ・サピエンスと同等、あるいはそれ以上の容量を持っていました。しかし、その脳の使われ方には特徴があり、厳しい寒冷環境で生き抜くための視覚処理や身体制御、環境認識といった実用的能力に多く割かれていたと考えられています。

 一方で、死者を埋葬し、花や装飾品を添えるといった行為を行っていました。これは、象徴的思考や感情、さらには原初的な宗教意識の存在を示しています。脳が単なる生存のための器官から、社会性や精神性を担う段階へと発達していた証拠といえます。

20万年前~現代:ホモ・サピエンスの登場

 脊椎動物の進化の初期の段階では、脳は神経細胞が集まった膨らみのようなものに過ぎませんでした。やがてこの膨らみはヒトへの進化の過程で大脳、間脳、中脳、小脳、延髄、脊髄からなる複雑な構造を形づくり、個体の維持だけでなく高度な精神活動を可能とする器官となりました。

 原始的な霊長類からホモ・サピエンスへと進化する過程で、大脳皮質は厚みが増しただけでなく表面積も著しく拡大しました。また、大脳皮質はより深く複雑なしわをつくって容量を増やし、大脳新皮質の感覚野、連合野がさらに発達しました。そして小脳も大きくなり、ヒトの複雑な動きを可能にしました。

 霊長類の登場から現在にかけて、大脳新皮質はそれまでの生物史に例がない速度で拡大・発達していきました。大脳皮質の中でも新しい皮質(新皮質)は高等動物ほど発達しており、霊長類では認知や思考、判断といった知的活動を司る部位となっています。

 こうした進化・発達を経て頭蓋容量は1400cm^3まで拡大し、ヒトは抽象的な思考が可能となりました。

 脳が進化したことにより、思考や創作活動の幅が広がりました。たとえば、動物の骨や牙・角を利用してネックレスやペンダントなどの装飾品や、フルートのような楽器、裁縫に用いる縫い針、油を燃やすオイルランプなどがつくられるようになりました。今から2万5000年前には、動物の油を用いて絵の具を作成し、洞窟の壁に様々な色で牛の絵を描くことも可能となりました。

5億年の進化を遂げて

人類史家(シカ)

今から5億年前に生命が獲得した神経管は、進化を経て脳となりました。脳は生物の進化と共に新たな領域を形成し、機能や役割を生み出していきました。

AI(アイ)

その結果として、現在のヒト・人類の脳がつくられていったということですね。

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