AI(アイ)「人類の誕生や進化」というと、誰もが一度は上の絵を見たことがあるかもしれません。



たしかに、これは最も有名なイメージのひとつですね。ここでは、そんな人類の進化の歴史を詳しくみていきましょう。



それでは、最新のAIで出力した各時代の人類のイメージ写真も併せてみていきます。
人類の誕生と進化
700万年前:二足歩行の猿人(サヘラントロプス・チャデンシス)の登場


今から700万年ほど前、樹上で暮らしていた猿類の一系統が進化を遂げたことで、二足歩行した可能性があるとされる、地上で暮らす猿人である「サヘラントロプス・チャデンシス」が登場しました。これがいわゆる、人類の誕生といわれている出来事です。
440万年前:原始的な人類(アルディピテクス・ラミダス)の登場


今から440万年ほど前になると、直立二足歩行が可能となった初期の人類の一種である「アルディピテクス・ラミダス」が登場しました。アルディピテクス・ラミダスには樹上で暮らしていた霊長類の名残があり、足でも物を掴むことができました。この頃、直立歩行をすることなく森に留まった種族は、脳が拡大することなく現在のチンパンジーやボノボへと進化していきました。



700万年前に登場したサヘラントロプス・チャデンシスは「二足歩行した可能性」であり、440万年前に登場したアルディピテクス・ラミダスは「二足歩行が可能」というのがポイントですね。



そのとおりです。サヘラントロプス・チャデンシスは二足歩行した可能性が高い、またはほぼ間違いないといわれていますが、その一方で、「実は、まだ二足歩行していなかったのでは?」という声も少なからずあるようです。
230万年~140万年前:ホモ・ハビリスの登場


250万年前~150万年前にかけて、気候の乾燥化によって多雨林が熱帯性の乾燥林や移行帯のサバンナ林地となりました。サバンナ林地では樹上と異なり外敵から身を守るために遠くを見渡す必要性があっため、種の保存のためには安定した二足歩行が求められるようになりました。また、環境が乾燥化することによって食糧が減少したため、食糧を確保する手段も求めるようになりました。そこで、人類の祖先である「ホモ・ハビリス」は、地中から食糧を調達するために根や塊茎を掘る道具を作りだしました。この頃になると、狩った動物の肉を骨から削ぎ落とすために、鋭利に尖った石器も知的に用いていました。
木材や石を加工して道具を作り出すためには、眼と手を正確に連動させる必要がありました。そのためには手先を器用に動かせることが必要となり、運動技能の発達が求められました。こうした道具作りにより、脳は増々大きくなっていきました。
脳の大きさは全身の2%程度であるのに対して、思考には全エネルギーの20%程度を消費します。そのため、脳が発達するにつれて、必要となるエネルギーも多くなっていきました。多くのエネルギーを得るためには肉の摂取が効率的であり、肉を得るためには動物を効率的に狩る必要がありました。このような背景から、動物を効率的に狩るために道具や武器を作ることで脳はますます進化を遂げていきました。
180万年~20万年前:ホモ・エレクトゥスの登場


アフリカ大陸の気温の暑さゆえに身体を保温する必要がなかったため、次第に原人の体毛は失われていきました。「ホモ・エレクトゥス」は石器をより高度に加工し、槍なども作っていました。ホモ・エレクトゥスが加工した道具はそれまでのホモ・ハビリスが加工したものとは異なり、石の両面が削られて先端が鋭利に尖っている特徴を持っていました。こうした両面加工石器の刃渡りは、それ以前のものよりも最大で4倍も長く、木を叩き切ったり根を掘り出したり、または動物をさばいたり皮をはいだりするのに適していました。
ホモ・エレクトゥスは道具を巧みに操っただけでなく、火を使うことも覚えました。火の使用により、原人の生活は大きく変化することになりました。火を用いることで、灯りと暖房を手に入れました。火は夜間に肉食動物を寄せ付けない役割を果たし、猿人の安全性はいっそう増すことになりました。また、火は食生活も変化させました。食糧を焼いて摂取することにより、それまで以上に肉を効率的に摂取することが可能となりました。さらに、それまで摂取できなかった食糧を調理して摂取できるようになりました。
直立二足歩行によって骨格が変化したことで、発声気管が従来よりも低い位置に下がるという変化も起きました。これによって発声が容易になり、言葉の発達が促されるようになりました。脳内では、言語を司る部位であるブローカー野が備わりはじめました。この頃になると100人程度の集団で生活するようになり、発声によるコミュニケーションが促進されていくことになります。
石器の使用と肉食の効率化によって脳や体格が大型化したことから、これまでアフリカ地方でのみ生活していた原人は行動範囲を拡大させるようになりました。アフリカを出た後、ホモ属の複数の種が別々の地域で独自に進化し、地形や気候の違いからそれぞれの進化を遂げることになります。
30万年~3万年前:ホモ・ネアンデルターレンシスの登場


「ホモ・ネアンデルターレンシス」は体毛がほとんどなく、動物の皮を衣服として用いていました。容姿の面では、現生人類とほとんど違いがみられなくなりました。頭蓋容積は現代人と同等かやや大きい程度で、ヨーロッパや中東で生活していました。
ホモ・ネアンデルターレンシスは人類で最初の家(隠れ家)を作った種族であり、死者を埋葬する際には花や装飾品を添える文化を有していました。また、信仰心や一種の宗教を持ち、上下関係のある社会を築いていました。文化を持つ人種ではあったが知能はそれほど高くなく、言語も複雑ではありませんでした。使用する石器は数万年に渡って同じタイプであり、同じ形の石器を狩りや調理などの用途に幅広く使っていました。
20万年前:ホモ・サピエンスの登場


今から20万年ほど前には、ホモ・ネアンデルターレンシスと異なる進化を遂げた種である「ホモ・サピエンス」が登場しました。ホモ・サピエンスはホモ・ネアンデルターレンシスよりも創造力に富んでおり、肉を切り取るための石器や、骨や角を削って槍の先などをつくるための石器など、目的に応じて新しい石器を生み出しました。
石器以外にも、形が整えられて表面に幾何学模様が刻まれた石片なども作っていました。それ以前に発見された石器は獲物を捕ったり食糧を調達するといった目的のために必要な加工が為されているだけの単純なものであり、道具以上の意味はありませんでした。これに対して、ホモ・サピエンスへと進化を遂げることで抽象的な思考が可能なったという特徴があります。
抽象的な思考は文化の発展を促進させ、芸術的な活動を促すことになりました。貝殻に小さな穴を開けて装飾品として用いることや、アザラシの骨から油を抽出して赤い顔料をつくりだすことなども生み出しました。
15万年ほど前になると、発音を可能とする身体的な条件が整うようになりました。ホモ・サピエンスはホモ・ネアンデルターレンシスと比較して言語を駆使する能力が高かったため、言語によって世代を重ねて知識や技術を進化させることが可能でした。この点、言語能力の乏しいホモ・ネアンデルターレンシスは自身の世代で高い技術力を身に付けたとしてもそれを後世に残すことはできなかったため、石器の作成技術などが継承されることなく、数十万年に渡って同じ石器を使用することになりました。このような「技術継承」の有無が、ホモ・サピエンスとホモ・ネアンデルターレンシスとの大きな違いのひとつでもあります。
ホモ・サピエンスはホモ・ネアンデルターレンシスよりも体格が小さく腕力は半分程度でしたが、知能が高かったため次第に繫栄していくことになりました。その一方で、ホモ・ネアンデルターレンシスは姿を消していくことになりました。



ここまでが、主な人類の進化の歴史ですね。イメージ写真もかなり資料に近いものだと思います。(最後のホモ・サピエンスを除いて)



最後のはサービスで、映画っぽくカッコよくしました。



それはある意味で、正解という考えもできますね。なぜなら、ホモ・サピエンスはいわゆる「現生人類」であり、今を生きる人類と大きな差は無いといわれているからです。



そうなると、「人類の進化」という意味ではここがひとつの終着点になりますね。



そうですね。これ以降は、ホモ・サピエンスが誕生してからの生活様式や文化などの変化についてみていくことになります。
人類を取り巻く環境と生活様式の変化
7万5000年前:環境の変化と人口の減少


今から7万5000年前、インドネシアのスマトラ島で島の西側にあるトバ火山の大噴火が起きました。巨大噴火は長さ100km、幅30kmに及びました。火山噴出物(硫酸エアロゾル)はおよそ10日間で地球を一周し、塵が厚い層となって地球全体を覆いました。太陽の光が遮られた地球は、2年で平均気温を12℃下げたといわれています。
地球全体の寒冷化によって多くの植物が死滅したことで、それを食べていた多くの動物も死滅しました。これによって人類の食糧も底をつき、多くの人類が死亡することになります。大気は何年にも渡って黒雲に覆われ、作物は育たず、土地は荒廃し、人類は過酷な環境での生活を強いられました。こうした環境の悪化により、世界の人口は5,000人程度にまで落ち込んだといわれています。
6万5000年前:アフリカからの移動


アフリカで誕生した人類が、世界各地へと移動し始めたのがこの時期です。
5万年~2万5000年前:文化・芸術の発展


動物の骨や牙・角を利用して、装飾品や縫い針、油を燃やすオイルランプなどが作られるようになりました。また、ネックレス、ペンダントヘッド、フルートなども作りだしました。2万5000年前には、動物の油を用いて絵の具を作成し、洞窟の壁に様々な色で牛の絵を描くようになりました。そうした壁画には、洞窟内の岩の凹凸を活かして立体感を出す工夫が施されていました。また、2万4000年前には土を用いて像なども作り出すようになりました。
3万年前:南米アメリカ大陸への進出


アフリカを出発してヨーロッパやアジアに進出した人類は、北欧やシベリアなどにも進出していくことになります。その後、マンモスなどの大型動物を追ってアメリカ大陸に進出しました。当時はユーラシア大陸とアメリカ大陸が陸続きになっていたため、ユーラシア大陸の東の果てまで辿り着いた人類は、そのまま北アメリカ大陸に上陸することができました。こうして、今から1万年前には、人類は南アメリカ大陸の南端にまで到達することになりました。
1万5000年~1万年前:農耕・牧畜生活の開始


世界各地へ散っていった人類は、それぞれの地で狩猟・採集生活を行うようになりました。1万2000年ほど前になると、人類は自分たちにとって利益になる動物や植物を選んで増やす「人為選択」を覚えました。土地を耕し、植物を栽培し、動物を繁殖させることで農耕と牧畜生活がはじまりました。これにより、安定的に食糧を確保できるだけでなく、定住生活が可能となりました。
農耕・牧畜生活によって定住生活を確立した人類は、複雑な社会を築いていきました。狩猟・採集生活では数十人程度の集団に留まっていましたが、農耕生活を始めてからは食糧の収穫量が増え、養える人数も多くなったために数百人規模の集団を形成することができるようになりました。こうした大規模な集団が形成される以前は、オスの役割は狩り、メスの役割は子育てと、性別の違いによって互いの役割の違いが定まっていましたが、食糧の生産・備蓄が可能となったことから同じ性別でも個々の役割に変化が生じることになりました。
7500年前~:文明と文化の発達


食糧の生産や備蓄が可能となったことから、食糧の生産に関わらない仕事が登場しました。いわゆる「職人」の登場です。焼き物や宝飾品、布を作成する技術者や、豊作を願い、災いが起きないように祈る神官や呪術師も登場しました。食糧に余裕が生じ、移動せずに生きていけることから人口が増加し、取引、商人も登場しています。
大人数で構成される社会では、規則や統治者が必要となりました。紀元前5500年頃には、メソポタミア地方にて人口が1万人を超える都市が登場しています。この頃になると、収穫した食糧だけでは全員が安定した食生活を送ることができなくなったため、食糧を貯蓄する必要性が生じるようになりました。そこで、貯蓄した食糧から必要なものを受け取ったり、交換したりするために経済活動が始まりました。
発展した都市の中では統治のために王や皇帝が誕生し、軍隊も登場するようになります。紀元前5000年頃には商取引の関係から記号が誕生し、その後に文字へと進化しました。
紀元前4100年頃には文字や法律、そして物の売買を行う商業体制が登場・発達し、文明社会が始まりました。都市が発展するにつれて都市間で富の差が生じはじめ、富の差が争いの原因となりました。それぞれの都市は、争いに備えるために都市を城壁で囲むようになり、人類同士で争い合う歴史が幕を開けたのです。



ここまでが、ホモ・サピエンスの生活様式や文化の変遷です。



最後の締めの文章が「人類同士で争い合う~」というのが、歴史の一面を感じさせる言葉になっていますね。







